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「より早く、より"きれいに手術″をして患者さんによくなってほしい」という一心で、手術の腕を上げる努力も欠かさなかった。 こればかりは、理屈ではなく経験が左右する領域ではないだろうか。
私は、このハードな時期を経たことによって、数値だけで患者さんのコンディションを判断するのではなく、患者さんに全身で向き合い、そのコンディションを把握する感覚を学ばせてもらった。 昨今の医者の中には、患者さんと目を合わせず、体を診ようともしないで数値だけで病状を判断する人もいるようだが……。
外科の世界ではガンは治らなくて当たり前、という考えが根強くあり、そうした患者さんを見てもとくに疑問を感じる必要はなかった。 私もいつしかそんな風潮に流さ当時は、いまよりももっと「ガンは徹底的に切って取る」という考えが主流だった。
つまり、病巣を残さずきれいに切り取れることが至上命題でもあったわけだ。 中には複雑な形をしている病巣や、組織の奥深くに浸潤している病巣もある。
〃きれいに手術″とは、そのような難しい形の病巣を残さず切り取ることである。 子供のころから「ビー玉探し」や「野鳥捕獲」のように、目の前に掲げられた目標があるとわき目もふらず突っ走る傾向のある私は、はじめは何も疑わず「ガンを上手に切り取る」ことに逼進していた。

ところが、何年か経つうちに、「何かおかしい」と感じるようになる。 それは、病巣をうまく切り取ることができ手術としては大成功の部類に入る患者さんが、何年後か、早ければ何カ月後かに再発して入院されてくるのをたびたび見てきたからであった。
「患者さんを治そう」などという志は忘れかけていた。 外科医の仕事は病巣を切り取ることで、ガンを治すことではないのである。
とはいえ、切ったのだからよくなったはずと信じて、「先生ありがとうございました!」と笑顔で退院された方が、再発・転移で来院され、しかも、二度目に見えるときは「これがあの人か」と思うほど樵伸していることも多々ある。 次は、生きて帰れない人だって、少なくはないのだ。
治すために懸命に手術の腕を上げて、切った果てがこれなのか、と思うと、どうにもやりきれない思いが残っていたのも事実だった。 外科医として与えられた仕事をこなすことと、自分個人としての仕事への達成感は日を追うごとに元離していく。
だからといって、どうすることもできない。 そんな漠然とした虚しさを抱えていたころ、ある疑問にぶつかるようになった。
私の専門は消化器外科である。 ガンやポリープができているため、胃を切除する患者さんが大勢いた。

あるとき、「胃を切除したあとの患者さんに腰痛や手足のしびれ、こわばり感をうったえる人が多い」ことに気がついた。 気になって調査してみると、胃切除後の患者さんには圧倒的に骨粗しよう症が多いことがわかる。
なぜ、胃を切ると骨粗しよう症になるのか。 私は目標ができると、熱にうかされたように夢中になる傾向がある。
このときも寝食を忘れて、多くの症例を調べ分析を加えていった。 すると、胃を切除することによって起こる消化障害(たんぱく質などの消化・吸収能力が低下すること)が長じて骨の障害を起こすことが判明した。
消化力の低下によって、骨を支えるカルシウムやビタミンDなどがうまく吸収されなくなった結果、骨がもろくなってしまうのである。 いわゆる牛乳不耐症などがその典型例で、胃を切ったあと牛乳に含まれる乳糖が消化できなくなって下痢を起こし、カルシウムの吸収が減少してしまうのだ。
先輩の勧めもあって論文にまとめると、この発見は意外にも高い評価を受けた。 そして、外科医としては異例のことなのだが整形外科分野の医師のガイドラインである、『今日の整形外科治療指針第2版』( E 書院刊)にも「胃切除後の骨病変」というテーマで掲載された。
骨粗しよう症が起こるしくみがわかると、私の熱は急速に冷めていったが、それとは逆行する形で「もっと本腰を入れて研究し、さらなる論文を」と言われるようになった。 現代医学では、少しだけ矛先を変えたテーマで多くの症例とともにメカニズムがハッキリとわかるものが重宝される。
この骨粗しよう症のメカニズムは、たまたまそれにあたっていたというわけだ。 けれども私は、それ以上やる気にはどうしてもなれなかった。
それというのも、骨粗しよう症になるメカニズムがわかったところで本質的な問題、すなわち「胃を切除したあとの消化能力の低下を防ぐ」問題を解決することにはならないのである。 メカニズムのその先を探求することができるならば、いくらでも研究のしがいがあるのだが、結局「人を治す」ことにつながらないのでは意味がないではないか。
「先生、アッペ(虫垂炎)の急患が入りました」そんな連絡が病院から入るのは、きまって秋冬の晴れた日、雲ひとつないゴルフ日和だということに気がついたのは、平成三年(一九九一年)ごろのことだった。 当時私が勤めていたのは、次期院長候補として送りこまれた K 病院である。
外科医として何不自由のない毎日を送り、暇を見つけては趣味のゴルフに明け暮れる。 平凡だが、楽しい毎日だったことは間違いない。
この地方では、秋から冬にかけて「だし」と呼ばれる大風が吹く。 太平洋側の三陸沖に高気圧、日本海側に低気圧があり、その気圧差がある一線を越えると、突如として太平洋と日本海の中間にそびえる標高二○○○メートル超の飯豊山から越後平野に向かって吹きつける、大風のことだ。

天気がいいとゴルフに行けない!だしの吹きぬけたあとは、木々の葉は軒並み落ち、裸木がそこかしこに立っている。 一種の台風一過のようなもので、高気圧の雲一つないキーンとした空気がたちこめる。
抜けるような青空を眺めると、ゴルフ好きの私はいてもたってもいられず、出かける準備を始めていた。 ところが、こうした絶好の天気の日に限って「虫垂炎」の急患で呼び出されることが相次いだため、「何かあるのでは」と疑問を持つようになったというわけだ。
もちろん虫垂炎は気圧の低い曇りや雨の日でも起こるから、はじめは、どうせ偶然だろうという軽い気持ちだった。 それにしても、晴れた日に急患としてやってくる虫垂炎の患者さんは、虫垂が破れて腹膜炎を併発するなど、重症化していることが多い。
そのことが妙にひっかかり、私はついに平成四年の二月、気圧計(アネロイド型)を買い求め、虫垂炎と天気の関係を調査することにした。 気象の計測を始めて一年ほど経ち、五十七例の虫垂炎の患者さんのデータが集まった。
虫垂炎は軽症(カタール性虫垂炎)・中程度(蜂嵩織炎性虫垂炎)・重症(壊痕性虫垂炎)と三つに分類できるのだが、この分類ごとに発生時の気圧を調べると面白い結果が出た。 軽症の虫垂炎が起こった場合の平均気圧は1010.5hpa、中程度の虫垂炎では1013hpa、重症では1019hpaと、気圧が高くなるにつれて重症化しているのである。

気圧と病気には何らかの関係があるに違いない。 なんの科学的根拠もなかったが、不思議と確信めいたものを感じていた。
そこで、より観測の精度を上げるために、病院の前庭に百葉箱(屋外で気圧や温度などを測定するための箱)を設置させてもらった。 その中に、自動温湿度計と気圧計を入れて、六時間おきに計測しようというものだ。

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